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大学で教えるということ5:私が教えられることは何もない

20年くらい前でしょうか。地球やそこに住む人間の可能性、限界に挑戦する人々を描いた「ガイア・シンフォニー」というドキュメンタリー映画を観ました。その中で、トマトの水耕栽培に挑む日本人農学者の姿が強く印象に残っています。たった一粒のトマトの種を水耕栽培により、数百の実が生る「大木」に育てました。茎の直径は10cmくらいあり、まるで木の幹でした。植物には無限の能力があって、発芽の時から周囲の環境を感じ取り、どのくらい根を張れるか、栄養を取れるか、葉を茂らせられるか、つまりどのくらい大きくなるのが置かれた環境の中で適切かをトマト自身が計算しながら成長し、環境の制約が多ければ成長を自制し、制約が少なければどんどん伸びると言います。彼は、植物にとって最適の環境を用意することで、一粒のトマトの種を大木にして見せたのです。

先のコラム「大学で教えるということ4:学生を覚醒させる」で、4月から、リアルな企業課題をテーマにグループで解決策を提案させる産学連携科目「Wake up! プロジェクト」を開講したことを紹介しました。通常は、MBAコースなど大学院レベルで行うケース・スタディ型授業です。履修生は1年生限定。教員は教えすぎない、企業担当者は部下に接するのと同じように厳しくダメ出しする授業方針で臨みました。高校を卒業したばかりの新入生たちが、課題解決の方法論を学ばずにプロジェクトを遂行できるのか? 叱られることに慣れていない優等生たちが社会人の厳しい指摘を受け止められるのか? そもそも課題が高度過ぎる、学修効果が挙がるのか? 常識的に考えれば、もっともな心配です。

でも、彼/彼女らはやってくれました。受験でお得意の正解を求める問題ではなく、正解のない課題に取り組むプロジェクト活動に履修生たちは戸惑い、当初、企業担当者の厳しい指摘にショックを受けました。が、失敗を繰り返す過程で、自ら動くことの大切さや議論の深掘りの重要性を自己発見的に学んでいったのです。平均出席率は98%。これは60〜70%が当たり前の一般的な科目と比べ驚異の出席率です。授業外の週平均学修時間は5時間を超えました。でも、最後まで一人も脱落しませんでした。

終講時のアンケートでは、科目の総合的な満足度は、5段階評価で「5」が68.6%、「4」が28.6%に上りました。「高校生の学びから大学生の学びに変わっていくことが少しでも出来たと感じている」など、履修生は苦労が多かった分、主体的に学ぶとはどのようなことかを体感したようです。ディスカッションやグループワークに不安や苦手意識のある履修生が半分くらいいましたが、「やれば、自分にもできそう」という意識に変わっていき、やる気をもって臨めば、消極的な資質の学生も何らかの学びが得られることが確認できました。 《教えすぎない》という授業方法に関しては、履修生たちは戸惑っていましたが、「教えられ過ぎないことでたくさんの失敗ができた。失敗こそ学ぶきっかけになる。自分たちでどうすればよいかというのを真剣に考えるきっかけになった」と受け入れられました。厳しく《ダメ出し》する企業担当者の姿勢も、賛否両論に分かれると私は予測していましたが、88.6%が「今回のやりかたでよい」と答えました。「自分たちの施策はまだまだ不十分であることが分かっており、そこで褒められると、こんなものでよいのかと熱が冷めてしまう」と、ダメ出しされた悔しさと自分たちの至らなさの実感をバネに履修生たちは頑張ってやり抜いたのです。

もちろん、彼/彼女らは高校を出たばかりで、情報収集の方法も、分析のしかたも知りませんし、グループワークも未経験者が多くディスカッションにも慣れていません。そもそもビジネスの知見がありませんので、MBAレベルの大学院生たちが練り上げる提案と比べれば完成度はずっと低いです。それでも最終プレゼンでは、「よくここまで作りましたね」という企業担当者のコメントを引き出しました。やればそれなりの品質の提案ができるものです。

Wake up! プロジェクトの達成目標は、《主体的な学び》の姿勢を醸成することにあり、企業課題のケース・スタディはあくまでもそれを実現するための材料に過ぎません。では履修生たちは何を学び取ったのか。アンケートの自由記述欄に綴られたことばを紹介します。

「最初は正直に言ってあまり難しさを感じなかった。中間プレゼンで根底から否定された時に自分達の甘さに気づき、自分がどれだけできないのか、身をもって自覚できたのが大きな学びであった」

「グループワークでの行動は全て私たちの主体性に委ねられていた。主体的に動くことで、自分の知識・経験の少なさを知ることになり、また、それを補うことが楽しみとなってくる。私たちは、主体的な行動によって、自分について知ることができるようになるのだろう」

「あまり発言できない僕に対して班員のみんなが、どう思う? と何度も声をかけてくれました。そこではっとしました。自分は何のためにこの授業を取ったのか。自分を変えなきゃだめだ。それから、みんなに聞かれる前に、少しずつだけど自分から発言するように心がけました。すると、自然とプロジェクトに対する思いも変わってきました。本気で企業を良くしたいと思えるようになったのです」

「なんでも真剣に取り組めばやりがいや楽しさを見つけられることをこの授業で学び、アルバイトに対する姿勢が変わりました。以前までは、ただお金を稼ぐために仕方なくバイトする、というようなモチベーションでいましたが、今では、社会勉強もかね、お客さんと積極的に話にいったり、自分がどう動けば、周りの人が働きやすくなるかなど、いろいろ考えながら働くようになり、働き始めたばかりのころよりもやりがいを感じています」

大学1年生は、社会に出る準備を始めたか細く、ひ弱な一本の苗に過ぎません。でもそれは無限の可能性を秘めた苗と信じます。私が彼/彼女らに教えられることは何もない、と再認識しました。彼/彼女らが存分に根を張り、葉を茂らせることができるように、固定観念を打ち払い、制約を取りはぶき、陽当たりをよくすることが、キャリアコンサルタントとして、教員として、私の役割であり、ささやかながらできること、と学んだ2014年の春学期でした。

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