Career Leaves ブログ

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働く主体性を考える1

キャリア教育に携わる中で、《主体性》の醸成こそが大学におけるキャリア教育、または大学教育そのもの、さらには卒業後の自律的キャリア形成の礎になると考えるようになりました。この主体性ということを強く意識するようになったきっかけは、昨年、勤務する大学で実施した産業界ニーズのインタビュー調査でした。

業界や職種に係らず社会人に求められる基礎力として、情報収集力、課題解決力、コミュニケーション力などジェネリック・スキル(社会人基礎力、就業力と呼ばれる一般スキル)の重要性が各所で指摘されてきました。しかし、多くはアンケート調査ベースの限界もあり、それぞれのスキルの具体的中身は漠としています。先に「産業界ニーズ」と書きましたが、ニーズの裏には問題点、課題があります。仕事は現場で営まれており、ジェネリック・スキルも仕事現場で発揮されます。ジェネリック・スキルの構造、またはジェネリック・スキルを巡る諸課題の全体像を捉えるためには、「現場」で何が起きているかを把握することが肝要と考えました。そこで、企業の人事担当者14名に人事の眼から見た新入社員の課題を、20代の卒業生22名には入社1〜2年目に自身が直面した困難をインタビュー調査したのです。

企業側が1〜2年目の社員に求めることは、「どんな場所でも適応する柔軟性や忍耐力を備え、自ら考えて主体的に動くことができる」人であり、新卒社員の根源的な課題が、この主体性にあることが人事担当者から指摘されました。しかし、卒業生は自分の課題の本質が主体性にあることは認識できておらず、実体が掴みにくい《主体性》をいかに体感させるかが、大学教育現場において綜合的に取り組むべき課題であることがわかりました。

一連のインタビュー調査において、ある銀行の人事担当者と、別の銀行に勤務する入社2年目の卒業生が、ほぼ同一のシチュエーションで法人営業担当の新入社員が直面した課題を語りました。それぞれ管理者視点・当事者本人視点で語られ、双方の気持ちや言い分を含め主体性をめぐる現場の実態が比較できますので、ケース・スタディとして紹介します。

==ケース==

鈴木さんはこの春、大学を卒業し、ある都市銀行に就職し、都内の支店に法人営業として勤務しています。鈴木さんが担当するA社から融資の申し込みがありました。老朽化した設備を最新のものに入れ替える設備投資のため、5000万円を借り入れたいとのこと。これは教育係の先輩・山田さんのサポートを離れて、初めて一人で担当する融資案件です。

場面1:係長に相談

鈴木さんは、この融資に関して相談したいことがあります。でも、教育係の山田先輩は忙しそうです。鈴木さんは山田先輩に遠慮して、上司である係長に相談しました。

鈴木: 係長、A社から借り入れの話があって、設備投資の案件なのですが、この場合、融資の申込書をまとめるに当たって参考になりそうな過去の案件はありますか?

係長: ええ? 君は自分で探したの? 過去の融資申請書は、まとめてファイルされているでしょう。こっちは忙しいんだよ、いちいち聞くな。まず、自分で調べてよ。

場面2:昼休みに同期と食事

鈴木さんは決まって同期入社の社員3人組で昼食に行きます。昼は束の間の休み時間。上司や先輩たちに気を遣うことなく、気が休まるのです。

鈴木: さっき、係長に叱られたよ。忙しいから、いちいち聞くなって。

同期: それはまずいよ。そんな単純なことを質問したら、コイツはこんなことも知らないのか、って思われるよ。

鈴木: やっぱり、そうか。自分で探すより、よく分かっている人に訊いた方が早いと思ってさ。

場面3:教育係の先輩と立ち話

鈴木さんが昼食から戻ると、山田先輩が声をかけました。

山田: 係長から聞いたぞ。君はA社の担当なんだ。新入社員だろうがなんだろうが、君が担当なんだよ。自分の仕事は自分で責任を持って進めないと。つまらないことを聞いたら、君の評価が下がる。しっかりしろよ!

鈴木: 僕が軽率でした。すみません。

場面4:融資期限の2週間前(ひとり言)

鈴木: まいったなあ。A社の事業計画書はまだまだ不十分だ。これじゃ、審査が通らないんじゃないかなあ。でもどうすればいいのか。過去の融資案件の資料は見たけど、どう直せばいいのか、よくわからない。 だれかに相談しないと…。でも、係長からは「忙しいんだよ、いちいち聞くな」と言われたし、山田先輩からも「自分の仕事は自分で責任を持て」と言われたし。同期も「コイツはこんなことも知らないのか」って評価が下がると言うし。実際、みんな忙しそうで聞きにくいし…。A社が融資の期限にしている日まであと2週間。ヤバい。

場面5:融資期限の1週間前

それから何の進展もなく、鈴木さんは悶々と独りで悩みながら1週間が過ぎました。そんな月曜日の朝、山田先輩が鈴木さんに声を掛けました。

山田: 鈴木君、そういえば、A社の案件、その後何も聞かないけど順調に進んでるの?

鈴木: いやっ、それが実は…(状況説明)

山田: えっ、何やってんだ! 期限まであと1週間だぞ。

(二人は係長席へ) 山田: 係長、すみませんが、鈴木君のA社の案件が…(状況説明)

係長: 君がついていながら、どういうことだ!!

二人: 申し訳ありません。

係長: 山田、鈴木と一緒に今すぐA社に行け。5000万の融資が妥当かどうか、キミの眼で判断してこい。妥当なら、審査が通るように事業計画の書き直しをアドバイスしてくれ。融資の申請書は水曜日までに提出だ。僕はこれから審査部に行く。水曜提出で金曜までに審査を終えるよう、頭を下げて頼み込んでくる。

二人: わかりました。

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読者の皆さんは、このケースから新入社員の鈴木さんにどんな課題があると思いますか。

新入社員の鈴木さんは、自分で調べれば分かることを係長に訊きました(場面1)。そこには、訊くほうが早い、という安易な姿勢と訊けば教えてもらえるという学生意識があり、教育を受ける立場から仕事をする立場への意識転換ができていないことが象徴的に表われています。昼休みはいつも同期と一緒に過ごす行動(場面2)には、もちろんそれ自体問題ではありませんが、付き合いやすい同世代の仲間とだけ付き合う姿勢が表れており、多様な世代、役割の人々とのコミュニケーションする姿勢に欠きます。その結果、「自分の仕事は、自分で責任を持て」と山田先輩からたしなめられることになります(場面3)。さらに、「自分で責任を持て」を一義的にすべて「独力で」と捉えた鈴木さんは、委縮して動けなくなります。融資期限が迫っているにも拘らず、相談できなません(場面4)。そこには、みんな忙しそう、という遠慮や、訊いたらまた叱られる(評価が下がる)という優等生意識、助けを求めなければならないことと自力で解決すべきこととの切り分けができない問題もあります。

現実には、仕事はチームで行われます(場面5)。担当者は責任者であり、担当者が仕事を回さなければなりません。しかしそれは、誰の助けも借りずすべて自力で遂行するということではなく、担当者がトリガーになって周囲を動かせ、という意味に過ぎないのです。自分ですべきことと助けが必要なことの切り分けが前提ですが、自分にできることをした上なら、周囲はサポートしてくれるはずです。担当者一人の失敗は個人に留まらす、顧客の損害になり、自社の損失になるからです。

なお、このケースからは、企業側・管理者側のサポートのしかたについても改善すべき点がありそうなことが窺えますが、それはひとまず棚上げします。続きは次回に譲ります。