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昭和と平成の相克1:会社に迷惑はかけられない

この懐かしさと違和感は何なのだろう、と私が戸惑いを感じ始めたのはお会いして15分ほど経ったころからでした。「会社には迷惑をかけられませんので。」お会いした1時間半のなかで、幾度となく繰り返されたそのことば。

日野亜紀さん(26歳)は地元九州の国立大学を卒業後、日系製薬会社で女性MR として活躍しています。普段は福岡に勤務していますが、担当領域の医学学会参加のため上京した際に、仕事の合間をぬってお会いしました。笑顔を絶やさず、人当たりも柔らかな方で、気難しいドクターを相手にするMRに向いている人柄と第一印象で感じました。3ヶ月後に結婚を控える彼女は、会社には早々に辞意を伝えて本来業務の傍ら、仕事に支障がないように病院関係者や社内で引き継ぎに忙しく走り回っています。挨拶もそこそこに、そう自己紹介した結びに、微笑みと共に「会社には迷惑をかけられませんので」と、きっぱりとした口調でおっしゃいました。会社に迷惑はかけられない。それは昭和の若者だった私には、どこかホッとする懐かしい響きを感じることばでした。

「やらされるのは嫌い、自分で考え行動したい」と、独自に営業戦術を練り、実行し、着実に前年度以上の営業成績を挙げてきました。MRの仕事で成功する第一歩は、ドクターにまめに会い信頼を得ることです。短時間でドクターのニーズを掴み、必要とする医薬情報を的確に伝える機転といいますかコミュニケーション能力が求められます。昼間は患者との対応で忙しいドクターですので、夜のアポイントや接待も多くなります。知らない人にとっては、顧客に媚びへつらう泥臭い営業のイメージがあり、いわゆるOLとは対極の仕事です。よくそんなキツイ仕事ができるわね、と学生時代の同窓生に言われることもあるそうです。加えてMRに転勤は付き物で、約5年ごとに全国規模で異動があります。企業側に理解がない限り、女性にとって結婚や子育てとMRの仕事の両立は難しく、結婚や出産を期に退職したり、内勤の仕事に異動する方が多いのが実情です。

入社して4年になる日野さんは、次の人事異動で動く公算が強く、彼女の実績からすると次は東京など大都市の大学病院担当、つまりMRとしてエリートコースの職場が期待できます。なのに寿退社というのはもったいないなあ、とお話を伺いながら思いました。そんな私の思いを感じ取ったのか、「MRの仕事が好きです。フィアンセも続けられたらいいのに、と言ってくれていますが、…でも、会社には迷惑をかけられませんので」と、今度は自分に言い聞かせるように繰り返しました。日野さんの結婚相手は九州に本社のある会社に勤めています。せめて九州地区の範囲での異動であればやり繰りできる可能性もありますが、全国規模で転勤することが前提の製薬会社では結婚しても別居生活が長くなり、現実的ではありません。単身赴任にならない人事異動の配慮、産休復帰後のサポートがある企業であれば、彼女が辞める理由はないのですが、現職企業では現実的に難しいそうです。そして昭和的仕事観・会社観からすると、多くの昭和の女性が当然のごとく選択した、結婚退職という致し方ない選択肢を彼女も選ぼうとしていました。できるだけ所属企業に迷惑をかけないように身を引いていく、それを考えることで精一杯だったのでしょう。

会社に迷惑はかけられない。昭和の若者だった私には懐かしい響きであり、それでいて平成の若者が発することばとして違和感を感じていることにやっと気づきました。彼女がイメージしていた「迷惑」は会社に、というよりも実感としては、実際に仕事のしわ寄せを食う「同僚に」だったようです。それは彼女の自発的な責任感なのか、周囲から押しつけられた、または押しつけられたとも気づかずに植えつけられた価値観なのか。

女性MRを採用して苦労して育ててもやっと一人前になったころに辞めていく、職業人としての自覚に欠けるという不満の声が伝統ある日系製薬会社から漏れ伝わります。採用面接段階では、ずっと仕事を続ける意思表明した方が、なんらかの心境の変化で結婚退職することもあるでしょう。中には、仕事のハードさから、自分にはやはり向かないと事務職にキャリアチェンジする方もいらっしゃるでしょう。それらは彼女たち個人のせいでは必ずしもないような気がします。たしかに、内資製薬企業でも女性が継続して働ける制度作りがここ数年進んでいます。しかし、女性社員に配慮した制度を作っても、元々男社会である現場に理解がない、または理解していても現場の忙しさからサポートしきれない、そんな現状を身に沁みて感じているからこそ、同僚に迷惑はかけられない、と結婚、出産を控えた女性MRは辞めざるを得ない側面が多分にあるのではないでしょうか。

女性社員に配慮した制度はあるが、現実には機能していないという話は実際によく耳にします。たとえば、産休から職場復帰する際、1歳前後の赤ちゃんを抱えているわけですから、初めは時短勤務が必要です。もちろん時短勤務制度に則って早めに退社しますが、周囲は忙しく働いており、場合によっては自分がしなければならない仕事を同僚に託して帰らなければならないこともあるでしょう。同僚に対して申し訳ない思いが募り、同僚から無言で非難されているような錯覚に陥ることもあるでしょう。ついには、同僚に迷惑をかけたくない、やはり復帰は無理、と退職を考える方が少なくありません。制度設計だけでなく、運用面で機能するように企業も職場の同僚も努力しなければ、この流れは止まりません。そしてこうした状況は、もちろん製薬会社に限った話ではまったくありません。出産・育児休職の制度があっても、実際には活用されていない企業は業界を問わずたくさんあります。

日野さんもやはり平成の若者でした。「でも本音は、MRを続けたいです」。彼女の課題は、結婚生活とMRという職業の両立です。外資製薬会社を中心に、地域限定で異動させるなど女性が働きやすい環境作りに取り組み女性MRを積極的に中途採用する企業もありますので、そうした製薬会社への転職(正確には転社ですが)を勧めました。もちろん、結婚するということは一人の人生ではなくなりますので、フィアンセと話してお互いに納得できるなら、というのが前提です。

こうした人生の岐路においては、これが正解という絶対の選択肢はありませんし、こうあるべきとか、こうしなければならない、というものもありません。仕事と家庭の両立を図り、苦しいこともあるでしょうがこれら2つの世界で遣り甲斐や喜びを勝ち取るのも人生ですし、家事や育児に専念しつつ新たな、深い幸せを掴むのも人生です。つまる所、ご自身が納得して選んだ道がその人にとっての「正解」なのです。大切なことは、じっくり考えて納得すること、決めたら振り返らずに信じる道を進むこと、そして後悔しないことです。

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