Career Leaves ブログ

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あなたからチャレンジを奪ったら何が残りますか

「僕からチャレンジを奪ったら、何が残るというのかね?」

その初老の紳士は自問するように小さく呟やきました。「自分にできることはしたよ。ここから先は仕事を回すだけで面白くない。新たなチャレンジの場がほしいんだ」と。ウエーブのかかったロマンスグレーの長めの髪に銀縁眼鏡、語り口も淡々として穏やかな、一見大学教授のような風貌からは想像できないことばでした。

ことばの主は鴨下常明さん。東京工業大学を卒業後、大手IT企業で営業やマーケティングを10年経験した後、IT関連の新規ビジネスの企画に取り組み、いくつかの外資ソフトウエアメーカーの国内立ち上げを手掛け、各社を2〜3年で軌道に乗せてきました。お会いした当時は外資の解析ソフトウエア会社の社長として、日本法人を立ち上げ3年で黒字化を達成したところでした。まだ日本に導入されていないニッチな分野の海外ソフトウエアを見い出して日本での事業化を計画し、オフィス探しやスタッフ集めを含め会社を立ち上げる。さらに自ら営業マンとしてゼロから市場を開拓し、事業として軌道に乗せる。そのプロセスが面白いのだそうです。

実際にそうしていくつかの事業を成功させてきました。しかし、外資の中小ソフトウエア企業はシビアです。数字が挙がらなければ、社長の首は毎年のように挿げ替えられます。折角業績が順調に伸び、社長の座を確固としたものにできつつある今、敢えて辞める必然性はありません。そんな素朴な疑問から、事業が軌道に乗ったタイミングであなたが社長の座を降りる理由はないのではないでしょうか、ご年齢もご年齢ですし、この辺でそろそろ落ち着かれてはいかがですか、と私が不遜にも申し上げたときに発せられたことばでした。物静かな立ち居振る舞いの内に、秘めた鉄の意志を感じました。

私の何を気に入られたのか、終ぞ訊ねる機会はありませんでしたが、その後も転職希望者を紹介してくださったり、「僕が辞めるとき、後釜の社長探しは君にお願いするよ」とおっしゃってくださったり、随分目をかけてくださいました。外資系企業を渡り歩いてきた方ですので、外資人材サーチ会社のベテランヘッドハンターとも、お付き合いが豊富だったはずです。当時駆け出しの人材コンサルタントだった私の素人っぽい生真面目さが、逆に鴨下さんには新鮮だったのかもしれません。

そんな鴨下さんと連絡がつかなくなって1年余りが過ぎました。携帯電話もメールも通じなくなっていましたので、これは海外に新たな機会を見つけて赴任されたに違いない。数年後、土産話を聞かせていただける日を楽しみに待とう、と軽く思っていました。そんなある日、彼の元部下の方から、鴨下さんが1年前に急に倒れ、亡くなられたことを知らされました。メールの履歴を調べると、倒れる直前まで私は彼とやり取りしていたようでした。元同僚の方々には知らされず、近親者のみの密葬だったそうです。その元部下の方も最近になって亡くなられたことを知り、お焼香に伺うお願いをしましたが、ご遺族から固辞されました。ご家族の方々にとっても、あまりに突然で今も受け入れがたいことなのだと推察しています。

チャレンジの人、鴨下常明さん。享年55歳。職場で倒れ、そのまま逝かれたと聞きます。今でも、「やっと帰国したよ。次のチャレンジの場はない?」と不意に鴨下さんからメールが届くような気がしてなりません。あなたにとって、まだまだ道半ばだったかもしれません。が、生き様としては本懐でしたね。お焼香はいたしません。代わりに、あなたにいただいたことばを受け止める作業を続けます、ずっと。

あなたからチャレンジを奪ったら何が残りますか?

さまざまなキャリア相談者の方々のお話をうかがいながら、発話にならない問いが今でもフッと脳裏を過ります。それは相談者の皆さんに投げかける問いであり、そのまま私自身に突き刺さる問いでもあります。

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